日本茶インストラクター Nishikien owner's weblog 


日本茶インストラクターの店主によるお茶や茶器などにまつわる事柄。

クラウドファンディングにおける写真の無断使用-2

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こちらも某クラウドファンディングにて無断に使用された画像と元になった写真です。
 
特に品種茶などの場合、園地でも特徴があるので、使用された写真を見て香駿と判断がつきます。
その先は撮影の年や日にちを撮影データから追えばさほど時間もかからずに特定出来ます。
 
また、現在はグーグルなどの画像検索も優秀になっていますのでそちらから他の流用も見つけられる事もあります。
 
意識して写真を撮る事をしている者は自分の撮った写真は分かるものです。
 
尚、園地写真他を含めて私が撮影した写真のデータは約17万枚(※2006年以降の撮影分)ほどあります。膨大な枚数に感じられるかも知れませんが決して多くはありません。
 
研究やその他、特に営利目的ではなくお茶の魅力を伝えたい方に写真の提供をする事は吝かではありません。撮影者や出典を記載さえしてくだされば許可を求めたりする必要もないと思っていますが、今回の様なケースは許せる範囲を越えていますのでお伝えするに到った次第です。
 
商いでの使用とするのであれば、取り組み先からの提供や自らが撮影した写真を使うのが筋です。特にシングルオリジンなどとするのであれば、そのロケーションも商品価値のひとつになるのですから尚更です。
 
近年、まるで思いつきで始めたような商いがこの業界には目立ちます。茶は新茶シーズン他、年間を通じて関わって初めて知識となることが沢山です。自らの都合で動かずに、慌てずに必要な時間をかけて始める事をお薦めします。

クラウドファンディングサイトにおける写真の無断使用-1

去る3月7日、某クラウドファンディングサイトにて私の撮影した写真(添付写真)の無断使用を発見しましたので、写真使用の禁止の旨とその経緯説明をする事伝えました。

現在、そのサイトでは写真の差し替えがされました。※使用した際のキャプチャー画像は撮ってあります。

近年、品種単品や単一園地の茶を商品化する流れにおいて、園地における風景や作業の写真は商品イメージに直結するものであり、インターネットやペーパーメディアでは文字と画像が訴求の中心である事はご存知の通りです。

情報量の多い写真を「イメージである」又「撮影者や出典」記載など、出所を明らかにしないのは詐欺にも等しい行為であり、商いの倫理観を疑うもので、特に今回の様な他の人からの支援を募るクラウドファンディングの様なサイトでの案件は写真の無断使用だけではなく、支援者をも欺く事に他なりません。

たかが写真と言われるのであれば、その場所、その時間に行って自分で撮る事です。写真は手軽に撮れる様になりましたが、行かなくては撮れないものです。その移動に掛かる時間や経費も一枚の写真には含まれています。

現時点において実名公開は控えましたがこの様な事柄を看過する気は毛頭ないことをお知りおきください。

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耳をすませば新茶の足音

春、三月。
耳をすませば新茶の足音が聞こえます。

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サンフランシスコ クリフハウスにて。

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写真は大正時代にサンフランシスコ クリフハウスに作られた日本茶喫茶での写真とと現在のクリフハウス(2018年1月撮影)

輸出が盛んであった時代、主要輸出先のアメリカの写真などを見てもティーウェアは全て紅茶のものばかりです。
 
どうやって日本茶を飲んでいたのか?それは紅茶用のティーウェアです。というより、お茶は基本全て同じ道具でと考えた方が自然です。
 
そして何より、今、私たちが日本茶をいれる道具として当たり前に思っている急須自体、当時の日本では一般的では無かった事を忘れてはいけないのですね。
茶の総生産量のほとんどが輸出された時代、横手の急須などは一部の趣味の道具であった頃です。
 
振り返れば一般の人が日常に使う茶器は土瓶であったり、ヤカンであったりしたのは昭和も半ばの頃であり、急須が一般的になっていくのは昭和30年以降でしょう。
 
明治、大正時代、一般的な日本の生活にありもしない急須が輸出などされるわけがないといった当たり前の答えに行きつくと流石に、なんて自分は頭が悪いのかと呆れます。
 
学ぶほどに何故、こんな事に気付かなかったのかと思うことばかりです。

2018年1月19日から29日の日程でサンフランシスコとニューヨークでの日本茶PR事業

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2018年1月19日から29日の日程でサンフランシスコとニューヨークでの日本茶PR事業に加えさせていただきました。内容はフードショウにての終日に渡る煎茶と抹茶のワークショップや店舗での日本茶PR、茶業団体での長時間セミナーなどです。
 
時差ボケを抱えながらも寸暇を惜しんでの歴史調査も。サンフランシスコとニューヨークとなれば、日本茶の歴史調査をしない訳にはいかないからです。
明治からのアメリカと日本茶の関わりは一般の方が思う以上に深いのです。

クリフハウスに作られた日本喫茶、ジャパンフィーバー、日本茶庭園、蘭字や日本茶の文字が記されたショップカード、Tea & Coffee Trade Journalのバックナンバーにある日本茶の記事や広告、価格。全て、百年以上前に遡る日本とアメリカに関わる事柄です。

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今回の渡米で、ウィリアム・H. ユーカース書いた感謝状に記された Nichibei Banzai!sayonara! の言葉に骨格を得た気持ちになりました。

世界緑茶協会、日本茶輸出促進協議会の皆さま、吉野亜湖さん、ブレケルオスカルさん、そして、静岡茶共同研究会を通じての学びがなければ今回、得られたような知に届く事は無かった事でしょう。感謝の気持ちでいっぱいです。私にこの様な機会を与えてくださり、本当にありがとうございます。
 
さて、モノ売りからのひと言。
サンフランシスコとニューヨーク、大陸の西と東での10日間。日本茶を伝え、売るにはどうするのか?
少なくとも水に恵まれた、このふたつの場所では日本と同じ様にするのがいい様に思えました。
 
本当にいい品を用意し、そして、伝えることです。
日本で出来ない事を海外でなどはそもそもとして間違いなのでしょう。
 
日本でいれるのと同じ一杯の茶を口にしたお客さま「WOw」と呟いて笑顔に。聞こえる言葉は違えど、何も変わることはありませんでした。
 
言葉の壁は厚いですが、越えられるものはあります。芸術、音楽、絵画、写真などなど、そして、その中にはきっと日本茶もと。

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http://www.nihon-cha.or.jp/export/about.html
http://www.o-cha.net/
https://www.specialtyfood.com/
http://stitea.org/
http://resobox.com/
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http://www.geocities.jp/nihonsadojuku/kyodo.html

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