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日本茶インストラクター Nishikien owner's weblog 


日本茶インストラクターの店主によるお茶や茶器などにまつわる事柄。

産地とは。常滑焼・茶・歴史、幸運な私たち。

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足を運ぶ度に発見がある産地行き。産地とは産業の地でもあるのです。焼成用の窯製造業、原料土業者、土づくり用のドレン機等など。そのどれもが常滑が「窯業の地」であるからそこにあります。孤高の存在では業としての生産など出来るものではありません。産地であるからこそ。これは茶の産地静岡にもそのまま当てはまります。

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気の置けない方達のとの酒席での会話。
常滑の急須が産業となって急須屋さん(急須の生産が主で他の製品は作らない生産者)が成り立つようになったのは昭和30年頃だろうな。それより前、常滑の赤い急須は四日市の業者が赤萬古の名で売っていた事もあった。急須が売れると分かって、背負子に急須を担いで売った人達が「常滑急須」の土台を作ったのだと思う。
一般の人達が使う急須が売れるようになり、産業となって約60年程度。急須産地としての歴史なんて浅いものだよ。
60年、ひとりの人間の人生としては短くは無いけれど、歴史の視点で見れば長くは無い時間。
私が常滑に行き、急須製作をお願いするようになって約16年。ふと思えば60年の中の16年は急須産地常滑とご縁があった事になり、産業化した常滑急須の歴史で約1/4を交流しながら過ごせたのかと思うと胸が高鳴る話しでした。
その中で感じ、確信するのは常滑急須は現在において稀有な存在だということです。近代の生活様式に合わせて作られた写しの無い製品。高精度、高品質を当たり前として生産される焼物、それらのいくつかは未だ初代によって製品が産されています。

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常滑焼急須、いや、産地としての常滑こそがとても価値のある存在なのでしょう。
産地である事、産業、歴史、人の寿命。それぞれのタイムスケールが違います。自らの日常は過去から脈々と続き、未来まで繋がるものではありません。今だからこそを見て、触れてみる。誰の為では無く自分の為に。気づけさえすれば誰もがその価値に出会える今はとても幸運な時代。
その時に茶と器で商いが出来る事に感謝です。

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